誰かが貧乏くじひかなきゃなんねえんだよ!

高額療養費制度に関して、石破首相が謝罪した。高額療養費制度を利用しているのは当然ながらがん患者などの重い病を患っている人が大半であり、その負担増となる見直しはがんを患っている上にすでに働けなくなったりしているであろう患者にとって過酷すぎるというのは全く同意する。
あと、タイトルから誤解されそうなのであらかじめ断っておくが、高額療養費制度の見直しを支持しているわけではない。
それでも、財源が限られている中で、こども未来戦略の予算*1 に向けて3兆円程度の財源を確保しなければならないのは全く変わらない。
お金は無から湧いてきたりしないので、誰かがその割を食わなきゃならない。子供のための投資なら、長期的にはコスト以上のベネフィットをもたらすかもしれないが、それでも短期ではだれかがそのコストを負担しないといけない。
年収の壁の問題も最近よく騒がれていて、その減税がほぼ骨抜きになった*2ことを批判する声もよく聞く。耳ざわりの良い減税を求めるのがいいが、虫のいい国民はそのしわ寄せが誰に行くかということを考えない。それでそのしわ寄せががん患者に行ったら同情から政府を批判するというのは見ていられない。本当に同情するなら減税を求める必要なんてない。
減税の話をするとすぐ国債などという話をする者も出るが、信用創造を国債に重度に依存する日本にとって、国債の野放図な発行はインフレに直結し、それに伴う金利上昇というコストを支払うのはほかでもない将来の世代である。しかもそれを言うのが現役世代の負担を減らそうという人たちであることが多く、そういう人たちが将来の現役世代へツケを回すことは許容するというのは笑止千万と言わざるを得ない。
政治家を批判するのは簡単だ。しかしその政治家を選んできたのはほかの誰でもない国民である。国民はお客様ではない。日本という国を作り上げる主体である。
こうはいってきたが、コストを支払うにしてもマシな支払い方はある。つまり、痛みの少ない人に多く痛みを分ければよい。多くの支払いを許容できる人が多くの支払いをすべきなのである(最初の話にも通じるが、少なくともそれは今現在病を抱えている人ではないはずだ)。
こういう話になるとすぐに「あいつは俺より金持ってるから・・・」という話になるが、違う。私を含めたすべての国民はもうすでにくびきを負っている。そこからは逃げられないということは自覚してほしい。
だからせめて「私は支払えるだけ支払う。だからあなたもこれだけ支払ってほしい」という態度で国民の議論を深めていければいいなと考えているのだが、なかなか難しいのは理解している。でも何とか国民の良心に期待したいとは考えているのだが。どうすれば主体的な議論ができるのかは正直まだ答えを持ち合わせていない。
この記事のタイトルはゴジラ-1.0で佐々木蔵之介演じる秋津がゴジラと相まみえる際のセリフだ。秋津とは秋津洲、つまり日本という国を指す。
その彼がこのセリフを言った意味、それを国民は考えてみてもいいと思う。
GithubでSSH接続ができるのにpushができない場合の対処
PCを新調して、秘密鍵の登録やらをやり直したら意外なところではまったのでメモ。
githubに手元の新調したPCで生成した公開鍵を登録し、秘密鍵(id_rsa)は~/.sshに入れた。そしてConfigも設定し終わり、
ssh -T github
Hi {Username}! You've successfully authenticated, but GitHub does not provide shell access.
となるところまで確認した。しかし、gitでpushしたところ、以下のメッセージが出た。
$git push origin main git@github.com: Permission denied (publickey). fatal: Could not read from remote repository. Please make sure you have the correct access rights and the repository exists.
秘密鍵の登録は確かにできているはず(できていなければSSH接続できない)。それでこのメッセージが出てくるので訳が分からなかったが、原因はかなり簡単なことだった。 ~/.ssh/configで、
Host github
HostName github.com
User git
IdentityFile ~/.ssh/id_rsa
としていたのが原因だった。というのも
$ git remote -v
origin git@github.com:{Username}/repo.git (fetch)
origin git@github.com:{Username}/repo.git (push)
としていたので、gitでpushする場合にはconfigの設定は使われず(なぜなら、Host github.comではなく、Host githubを登録しているため)、秘密鍵の指定ができていなかったからだった。そのため、configのHost名をおとなしくgithub.comに変えたところpushできた。
幸せの秘訣とは何か30年考えた。けれど答えは考えていたことじゃなかった
タイトルはBBCの記事から。
ネットの海はゴミのような情報ばかりだが、時々光るものを見つけられる。 この記事は、PTSDを患い、うつ症状に悩まされていたBBCの記者がそこから回復を遂げる中で精神的な糧を得ていく過程が綴られている。その中でも非常に気になったのが タイトルの答えにもなる以下の文。
In my experience, the secret to happiness is that… there is no secret. It's out there in plain sight, all around us, waiting to be found. But it is not ever present. It is not the natural everyday condition of humanity; no more than depression or rage are. (私の経験では、幸せの秘訣とは「そんな秘訣はない」ということだった。幸せは目に見える形で周りに存在しており、見つけてもらうのを待っている。しかしいつも存在するわけじゃない。幸せは人間にとっての自然で毎日の状況ではない。憂鬱や怒りがそうでないのと同じようにね。)
特にこの文はよかった。自分もそうだが、忙しい毎日の日々はルーチンワークの組みあわせに近い状態になっており、他人どころか自分の感情の機微ですらおざなりになっている。 それなのに寝る前には「明日が楽しくていい日でありますように」なんて考えてしまう。そんな矛盾を自分の中に抱えていることをこの文章を読んで改めて思い出した。 でも、今日がいい日じゃなくても、いつも悪い日じゃないようにまたいい日も来るだろう。そんな気楽な信条とまではいかなくとも心持ちでいれたら毎日が少し軽快に思えてくるんだろうなあ、そんな気がしている。
市場と日本について雑感
背景となるニュース
www3.nhk.or.jpガソリン代の補助は現在約17円。基準価格の168円に据え置かれるように支給。
— 大場紀章(エネルギーアナリスト) (@nuribaon) 2023年1月31日
補助額の上限は12月までは35円だったが、1月から毎月2円ずつ減少し、1月33円、2月31円・・・5月25円となるが、当面は差額は上限未満なので168円のままと思われる。
表の予算合計は6兆4501億円。https://t.co/GsWsWP9Cvz pic.twitter.com/5zYvXBG42G
なぜかディスインフレに対して市場原理導入を推し進める日本政府
今でこそ物価上昇を背景に、さまざまの物の値上げが繰り返されている。デフレ(正しくはディスインフレだが)になれきってしまった日本人にとっては記憶にない、もしくは生まれてこの方経験したことのない現象だろう。インフレは実質所得の下振れを強いるから、賃上げの機運が高まってきているのは歓迎すべきことではある。
しかしながら、ディスインフレ構造の中で日本人に根を張ってしまった「安い=善」というデフレマインドは消えるのだろうか。政府もそのデフレマインドが歓心を集められることを知り、この失われた30年の間に郵政民営化、電力ガス自由化といった独占企業解体、市場原理導入を推し進めてきた。しかし冷静に考えればデフレにおいては対処として価格競争をさせずに規制強化をやるのが手っ取り早いのは明らかであるのにもである。ディスインフレ経済においての市場原理の拡大はさらなるディスインフレを呼ぶ。理由は明らかだ。ディスインフレになれきってしまった経済においては売価を上げることによっては競争を勝ち抜けない。需要曲線が上方においては相当急峻になってしまっているからである。だからコストカットをするしかない。これがさらなるコストカットを呼ぶのである。いわゆる「デフレスパイラル」になる。
「市場原理」を理解しない日本政府
しかしながら市場は価格シグナルを送ることで人々に適正な需要水準を維持させる働きもある。しかしながらせっかく導入した市場のその働きを日本人、殊に日本政府が理解していない。これの代表例が上二つのニュースである。二つに共通するのは、自由化や市場導入によって市場が送り出した価格シグナルを政府が「適正な水準」でないからといって潰してしまっていることである。電力やガソリンにしてもコメにしても価格によって適正な需要を決めるべきであり(それらが適正な水準の生産量につながるため)、そのために市場を導入したのにである。
「市場」か「規制」か
今やコメはライバルとなる小麦の消費が伸びていることから自由な市場によって取引されるべきと考えるが、電力やガスについては価格弾力性が薄い。なぜなら価格が上がったからといって暖房や洗濯をやめることができないからである。このように市場での取引が向かない財もある。ディスインフレと真っ向から反対する市場原理導入を進めてきた政府には、最低限これまでの自由化政策の功罪について検証すべき時が来ていると考える。
ブコメのタグの略称一覧
自分も使ってて忘れそうになるので備忘録用に、特に大きな歴史上のイベントは略称を利用してブコメするつもりで、随時編集します
- USPE2020: 2020年アメリカ合衆国大統領選挙
- JPHRE2021: 2021年第49回衆議院議員総選挙
- RIoU2022: 2022年ロシアのウクライナ侵攻
2年ぶりの墓参
私は大学院生で、2年ぶりに東京へインターンに行っている。昨今の事情から東京に行くのも2年ぶりだが、祖父の墓参にいくのも2年ぶりだった。
墓参の際に車窓から見えた景色はずっと変わらない。ちょうど訪ねた時期が彼岸に近かったこともあってあちらこちらに人がいた。およそ墓地とは思えないにぎわいがあった。同行した祖母とはあまり長居せずに墓地からは立ち去ったがこの墓参りが次はいつになるのかとふと思った。次来るときも同じような景色をみて同じように墓参できるのか。その問いが頭をよぎったとき、自分のわずかながら築き上げてきた価値観が少し揺れた。ちょうど端のブロックを除かれたジェンガのような揺れだ。
昨今の事情を考えれば自粛するのは当たり前で、人命を重視することを考えればそこに関して全く異論はない。 だが、墓はともかく特に東京のような都会では、当たり前の景色はあっという間に変わっていく。 過去に固執したりしたくはないと常々自分は思っていたがこの風潮の中で意外なノスタルジアが自分の中にあったことに気づく。
インターンでかかわる技術はIT系なので、常に最新の情報についていく必要があり、郷愁に浸る時間などない。 それがいつの間にか私の人生への考え方のバックボーンにすらなっていたようだ。 むしろ今まで郷愁に浸っている人間を軽視し、軽蔑するところすら私にはあった。 しかし、やはり郷愁は人間の一要素であり、それが思想、政治的なバックボーンになるメカニズムが自分の中で響いた。
すべてのものには終わりがある。でも私はかかわってきたことを過去にしたくないし、私自身もだれかの過去にはなりたくない。現実と理想のギャップへの苦しみは今までありふれたテーマで、数々の人々に様々な行動を起こさせ、創作活動のべたなテーマでもある。自分はありきたりなことで悩まないと思っていたが、こんなことで感傷に浸ってしまうとは。
いつか折り合いをつけられるのかはわからない。つけられることが良いことなのかも。 ただ、これからその過去という現実と、自分の思いのギャップは私の人生に長く尾を引くのだろう。 快晴の空のもと、そんな曇りを心に抱いてしまった秋の日だった。
カランコエと月
カランコエを買った。
以前何かのドラマで見かけた。多肉感がありながら、淡い色の小さな花のその愛らしさはどうも私の胸に残り続けていた。ちょうど通りかかった花屋でその薄紅色の花を咲かせるそれを見つけて、手に取り代金を払った。
家に持ち帰って大きな鉢に植え替えた。ちょうど捨てるつもりでベランダに出したワゴンがあったのでそれの上に座らせると、ちょうど座った時の私の視点と同じ高さになりいい塩梅であった。日付が変わるころ、カーテンの隙間からのぞかせる表情は月に照らされ、美しい。昼の太陽に照らされた、しゃんとした表情とは趣の異なる憂鬱そうなその様は、かつての恋人の物悲し気な後ろ姿を私に喚起させた。なぜ彼女のそういうさまを見ることになったのかは覚えていない。忘れっぽくてあまりこだわりのない私の性ではあるが、そんなことを思い出した秋の夜だった。
かつて太宰は「富士には月見草がよく似合ふ」といったが、秋の半分に欠けた月には加藍菜がよく似合う。